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【英語で文化】キューバの革命家、フィデル・カストロの没後から数年…チェ・ゲバラとキューバ革命とともに語る。

2020 7/20
【英語で文化】キューバの革命家、フィデル・カストロの没後から数年…チェ・ゲバラとキューバ革命とともに語る。

☆キューバ革命・フィデル・カストロとチェ・ゲバラ

みなさん、キューバ革命をご存知ですか?

20世紀最大の奇跡ともいわれているキューバ革命。

世界で唯一成功したであろう社会主義国、キューバ。

キューバ革命を語るには、チェ・ゲバラと革命指導者フィデル・カストロぬきでは語れません。

11月25日、フィデル・カストロの没後から1年経とうとしている今、チェ・ゲバラと魅力溢れるキューバについてお話します。

まずは…

Today’s Words 
政治・外交にまつわるVocabrary

・consular office:領事館
・embassy:大使館
・economic embargo / embargo:通商停止
・economic sanction:経済制裁
・voyage:航海。実際の航海だけでなく、”人生の航海”といった意味でも使うことも
・colony:植民地
・independence:独立
・revolution:革命
・socialism:社会主義
・communism:共産主義
・capitalism:資本主義

☆キューバ革命とは?


      Photo Credit by @atn_cuba on Instagram

1952年、第二次大戦後の軍事クーデターによって政権に復帰したフルヘンシオ・バチスタ。

彼は、これまでの政権と同じように親米政策をとり、アメリカからの援助をうけながら独裁体制の強化を図っていました。

しかし、これに対してフィデル・カストロとラウル・カストロの兄弟、アルゼンチン生まれのチェ・ゲバラらが中心になって武装闘争を起こしたのです。

そして、1959年1月1日にバチスタ政権を打倒しました。

これが、キューバ革命。

当初、フィデル・カストロ首相も訪米をし、ニクソン副大統領との会談を通して、アメリカと友好関係を求めていました。

しかし、農地改革の途中でキューバの大半を占めていたアメリカ系企業の土地を接収したため対立が始まったのです。

すると、アメリカがキューバの主要産業である砂糖の輸入を停止したため、キューバはアメリカ系企業の国有化で対抗しました。

当時は、米ソ冷戦中であったため、キューバを味方にしようとソ連は砂糖の輸入など経済協力を申し出ました。

キューバが突然ソ連に接近したため、アメリカは1961年キューバとの国交断絶を通告したのです。

そして、フィデル・カストロは社会主義革命を宣言

キューバは共産党による一党独裁体制をとりはじめました。

さらにキューバは、ソ連を中核とする社会主義陣営の一員となったのです。

FYR: A Brief History of the Cuban Revolution

それでは、キューバ革命で語らずにはいられない2人の革命家についてです。

☆フィデル・カストロ

1926年8月13日生まれ2016年11月25日(90歳没)

フィデル・カストロが亡くなってから、数年が経とうとしています。

キューバの政治家であり革命家、軍人、弁護士と様々な顔をもつカストロ。

社会主義者で、1959年のキューバ革命でバチスタ政権を武力で倒し、キューバを社会主義国家に変えました。

革命によりキューバの最高指導者となり、首相に就任。

49年間にわたり、キューバを統治しました。

これは、世界で最も長く統治した政治指導者、としても語られています。

FYR: Weird and wonderful: the facts about Fidel Castro

国家元首として在職中、日本では「カストロ議長」と呼ばれていたのを、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

カストロは、アメリカや世界中の政治的大国に立ち向かった英雄として、たくさんの支持を得ていました。

わずかな資源でも、どれだけ貧しくても、国民すべてに無償で医療と教育と福祉を提供することができるとカストロは示しました。

世界の貧困国に希望を与えたことが、最大の遺産ではないでしょうか。

また、カストロ統治時代には、全国共通の医療制度や教育といった社会改革において賞賛されました。

2011年には、キューバの識字率は99.8%まで上がったとも言われています。

一方で、批評家たちからは、無慈悲の独裁者として見られていたのも事実。

それは、国民に対して多くの人権侵害を犯したこと、キューバ経済崩壊、100万人以上のキューバ人を難民にした事実があったからです。

カストロが政権の座に就いていた約50年の間、彼はキューバ国民に絶対の服従を求めていました。

報道の自由を弾圧、反体制派の活動家、LGBTの人たちなど、「反社会的」だとみなした人々を投獄していたそうです。

カストロは多くの人に慕われたとともに、それと同じくらい軽蔑されました。

CIAが企てたといわれる暗殺計画は、なんと630回以上。

カストロには多くの敵がいましたが、それでも熱烈な支持者に助けられていました。

キューバ革命で理想として掲げていたのは、平等社会の実現と対アメリカ自主・独立。

国内経済水準は高くありませんが、医療や教育の無償化といった政策は実現しました。

がっつりビデオですが、お勉強にどうぞ

☆チェ・ゲバラ


       Photo Credit by @atn_cuba on Instagram

本名はルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。

1928年6月14日 – 1967年10月9日。今年で没後50年。

実はアルゼンチン生まれ。

FYR: Che Guevara Biography.com Military Leader(1928–1967)

アルゼンチンのスペイン語方言で使われる「チェ」という単語を、よく使っていたことからこの愛称がついたそうです。

意味は、「やぁ」とか「君」といったくだけた言葉で、キューバでは使われないそうです。

そして、それがキューバでからかわれ、そのまま愛称となりました。

真の革命家であり、理想主義者。

信念をもち、この世の中でもっとも人を愛することを信じたチェ・ゲバラ。

チェ・ゲバラは、アルゼンチン生まれにも関わらず、カストロ兄弟たちと1959年にキューバ革命を起こしました。

それが、世界中で話題になったのです。

・なぜキューバ革命を起こしたの

20代前半のころ、南米をバイクで縦断中に、貧困や病気、不平等に苦しむ人々を目の当たりにしたことがきっかけです。

当時、中南米の国々はアメリカの半植民地として、アメリカのやりたい放題の対象でした。

それを機に、中南米の解放を志すようになったそうです。

チェ・ゲバラの没後50年経っても人気の理由

正義という理想主義者として、世界共通の象徴がチェ・ゲバラなのです。

当時、世界中を震撼させた彼の悲劇的な死は、今もなお人々の心を揺さぶりつづけています。

正義の実現と変革を、人々に志向させているのが、チェ・ゲバラでしょう。

彼が生きていたら、このように行動したはずだと想像をしても、自分には行動にうつせない。

そこで、理想の行動を、今は亡きチェ・ゲバラに代行してもらおう想像するのです。

彼は、この世には存在しないが、人々の心には存在するヒーローといえるでしょう。

チェ・ゲバラの名言

“Hasta la victoria siempre” =永遠なる勝利の日まで

これは、彼の革命標語となっています。

家族へあてた手紙の末尾に書かれていたもので、娘アレイダによると意味は下記の通り。

“No vorveria a Cuba hasta la victria,pero en mi siempre ,‘patroia o uerte,venceremos’・・・”

『私は「勝利するまで」キューバには戻らない。だが「いつも」私の心には「祖国か死か、勝利するのだ」の意味がある』

と書いたのが“Hasta la victoria siempre”に縮められたそうです。
(参考:キューバ変貌/伊高浩昭著/三省堂)


  

キューバについて知りたい方▼



FYR: Che Guevarwa’s legacy still contentious 50 years after his death in Bolivia

54年ぶりの国交正常化=「キューバの雪融け」


   Photo Credit by @atn_cuba on Instagram

長い間、キューバの砂糖は、国際価格より高い値段でソ連が購入し、同時に原油をソ連が国際価格より安くキューバに売り渡していました。

しかし、1991年のソ連崩壊が起こり後ろ盾を失ったことで、キューバ経済も大きな打撃を受けました。

そこで、社会主義体制を維持しつつ、1990年代半ば以降は経済の自由化政策により経済活動の一部に外国資本を導入。

私有企業を認めるなどの改革を進めました。

2008年2月、国家評議会議長だったフィデル・カストロが退任。

弟のラウル・カストロがあとを継ぎました。

そして、ラウルはアメリカとの関係改善を模索したのです。

その交渉は、なんと約1年半もの間、水面下で行われていました。

2015年7月20日、54年ぶりにアメリカとキューバは国交を回復。

お互いの首都に、大使館を設置することになりました。

このことを「キューバの雪融け」とよびます。

国交は回復したものの、今でも課題があるのが現状。

関係は正常化していない、というのが両国政府の見解だそうです。

これから、どのように関係が修復されるのかを見守る必要がありそうです。

そして、多くの人が口をそろえて言うのが、キューバを訪れるなら今!

アメリカとの国交が途絶えていたため、キューバには独特の雰囲気がまだ残されているからです。

いま海外にいくならキューバ、詳しいキューバ情報おすすめ観光スポットもご覧ください☆

Cooperation: http://atn-tm.co.jp/



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この記事を書いた人

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